2019年

令和元年度 第3回N-HECを開催しました(11月9日)

2019年12月18日 水曜日

前回の学習会に引き続き、David Bohmの「ダイアローグ」を抄読しました。

この章は、以前にも抄読したのですが、もう一度基本的な対話の考え方を学びたい、という参加者の要望があったためです。

参加者の中には、初めて読む人も2度目の人もいましたが、それぞれに対話がニューマン理論のなかで非常に重要視されている意味が理解できたようです。

結論を求めず、話の流れを操作しようとしないこと、そして、相手の語りをありのままに聞き、評価しないこと。

これは、ケアを必要とする人とのパートナーシップを組むナースの姿勢そのものです。

しかし、私たちはこれまで、「アセスメント」することを訓練されてきています。そのために、常に相手の言動を評価し「良いか悪いか」捉えがちです。

対話に臨むときは、このような自分自身をも受け止め、そこに留まる努力(?)が必要でないかと思いました。

 

本日は、参加者の一人(Aさん)がある失語症患者の看護実践を報告してくれました。

その患者が表現できる言葉は非常に数少なく、病棟スタッフには分かり難いものだったようです。

しかし、Aさんには患者が何を望んでいるのか、ありありと見えるというのです。そして、「なぜみんなは患者の声を聞いてくれないのだろう」と

フラストレーションを抱えていることも素直に語ってくれました。

私には、Aさんが患者を「言葉」から理解しようとしているだけでなく、「パターン」から捉えていると感じました。

つまり、患者の表情や声のトーン、訴える時間帯など、その時の状況を汲み、看護を実践しているように見えたのです。

他の参加者からは、Aさんに対し、他のナースがその患者のニーズを捉えられないことを不満に思うよりも、

Aさんがその患者を捉える視点や看護実践を、実際にナース達に見てもらってはどうか、そうすると病棟の看護が変わるかもしれないという考えが述べられました。

Aさんは、これまでの経験に加えてニューマン理論を学ぶことで、より看護実践が豊かになったのでしょう。

このAさんの看護が病棟に浸透し、変化を起こすことが楽しみに思えます。

 

本日は、新しい仲間が一人参加してくれました。

小さな学習会ですが、少しずつ仲間を増やしていきたいと思います。

 

令和元年度 第2回N-HECを開催しました(9月7日)

2019年9月30日 月曜日

今回のN-HECでは、前回抄読した論文「Pattern of Expanding Consciousness in Midlife Womed:Creative Movemenr and the Narrative as Modes of Expression」に関連して

デヴィッド・ボーム著,金井真弓訳「ダイアローグ」(英二出版)の第5章「見るものと見られるもの」第6章「保留、肉体、自己受容感覚」を抄読しました。

「ダイアローグ」は昨年度に第2章「対話とは何か」を学習し、対話は結論を求めず自分と異なる意見・想定にも耳を傾け、‟どちらが良いか”といった二元論的な考えではなく

新たな思考を生み出す弁証法が基盤であることを知りました。

5章、6章では様々な概念が取り扱われていますが(やや難解です)、私が最も印象に残ったのは「自己受容感覚」です。これは、「自己認識」と同義であると説明されています。

通常私たちは自分の手足が自分のもので、自分が動かしていることを認識しています。他動的に手足を動かされた場合には、「私の手足」であるが、自分が動かしたのではないと分かります。

それでは、思考はどうだろうか?思考にも自己受容感覚があるのだろうか、という疑問が提起されています。

そして、「本来、思考と感情、行動を繋ぐ唯一のものは人の中心にある「存在」であり・・・・すべてのものがその人間の中を通っていく。

しかし、実際は、思考と感情がそれぞれ別のプロセスとして動いている証拠が見つかるだろう。それらは‟私”の中を通過していない。

‟私”が生み出したものでも、経験したものでもないのである(p.158-159)」と述べられています。

日常のなかで、自分の思考がなぜ生じて、どのようなプロセスを経たのかを追求することはほとんどありません。

ニューマン・プラクシスによる看護師の関わりによって、患者や家族は自己洞察します。これは、自己受容感覚を働かせるということなのかもしれない、と考えました。

しかし、ボームが伝えたいことや、この概念がどのようにニューマン理論に関連しているのか、まだまだ学習が足りません。

学習会の参加者も、対話についてもっと理解を深めたい、と思ったようでした。そこで、次回は改めて「対話とは何か」をみんなで学習することにしたいと思います。

 

今回は、一人の参加者が過去に出会った、心に残る患者との出来事を話してくれました。

それは、患者の声を捉え思いに沿うことを大切にしてきたナースが、患者の最期に患者の思いを聞けなかったという後悔でした。

ナースは、その患者に対する最善をいつも考えて看護をしていますが、予測不可能な出来事が起こります。そんなとき、自分の何がいけなかったのかと後悔や自責をして苦しむこともあります。

事例検討は、今後の看護実践をより良くするだけでなく、ナースの中にあるわだかまりを否定的なまま終わらせず、新しい見方を生みだすためのものであると考えています。

ここでは何を話しても良い、という安心感の中で看護を語りあうことを続けていきたいと思っています。

 

 

令和元年度 第1回N-HECを開催しました(7月20日)

2019年7月22日 月曜日

令和になり、第1回目の学習会を開催しました。

今年度は学習会開催施設の都合等から第1回目が7月とやや遅いスタートになりました。今年度も、小さな一歩を重ねて前進していきたいと思います。

今回、抄読した論文はCarol Picardの論文(Nursing  Science Quarterly ,13(2),2000,150-157)「Pattern of Expanding Consciousness in Midlife Womed:Creative Movemenr and the Narrative as Modes of Expression」です。

これは、創造的な運動とナラティブという方法で自己のパターンを認識を支える実践研究でした。

これまで、語ることで自己洞察しパターン認識していくプロセスを多くの文献で学んできましたが、体を使って表現することがどのようにパターン認識に繋がるのか興味深いものでした。この運動はグループで行われており、自分の運動を他者に見られるということが重要なのだと言います。

日本人の(私の?)感覚ではみられることが恥ずかしいと思いがちですが、見られる=受け入れられているという安心できる環境として意味があるようです。

この論文では、インタビューによる人生の意味深い出来事に関する語りの逐語録と運動のビデを録画を丁寧に照らし合わせ、「表象図」を描き、参加者にフィードバックするという方法でした。

参加者が個々の人生をどのように表現したのか、細かな描写があり、学習会に参加したメンバーも同じようにポーズをとるなどして、イメージを膨らませました。

抄読後は、「空間・時間・運動」というパターンの要素についてこれまで学習してきたことを振り返りながらディスカッションしました。

今回のように、意図的に体の動きで表現することは日常では殆どありませんが、私たちの何気ないしぐさや行動にパターンは表れていることを再認識しました。

以前、遠藤先生が「離れたところから、後ろ姿でもあの人だって分かるでしょ、動きや身だしなみといったその人が表れているのよ」と教えて頂いたことを思い出します。

今回の学習で「空間・時間・運動」の概念について理解が少し進んだように思います。

 

 

 

令和元年度 N-HEC開催日のお知らせ

2019年7月22日 月曜日

今年度のN-HEC開催予定をお知らせいたします。

7月20日(土)済

9月7日(土)13:30-17:00

11月9日(土)13:30-17:00

12月14日(土)13:30-17:00

2月8日(土)13:30-17:00

3月21日(土)13:30-17:00

いずれも、天理医療大学にて開催です。

参加費:ビジター500円(1回)会員2000円(年)

お気軽にご参加、お問い合わせください。

参加を希望されます方は、本HPの「学習会の申し込み」からお申し込みください。

お問い合わせはn-hec@feelgoo.comまでご連絡ください。

H30年度 第7回N-HECを開催しました(1月12日開催)

2019年1月15日 火曜日

2019年がスタートしました。

今回は、新年会で参加者の皆さんと食事をしながら様々なお話をして親睦を深めた後

昨年12月18日にご逝去されたニューマン博士の功績を称え、対話を持ちました。

「ニューマン理論との出会いは、患者さんや看護の見方を大きく変えた。これは、日々の看護実践に活かされている」

「これまで看護実践で大事にしてきたことや学んだことを言葉にしてくれる理論に出会えた」

「これまで理論は臨床にはあまり関係がないことだと思っていたが、理論によって看護が変わることが分かった」

など、それぞれがニューマン理論に対する思いを語りました。

ニューマン理論に魅了される看護師がいる限り、理論は発展していきます。しかし、理論は実践で使わなければ発展しません。

私たちも、理論を学んで自分の理解にするだけではなく、実践に一歩踏み出さねばならない、と思いました。

その後は、「ケアリングプラクシス」の第9章を抄読しました。この章は、認知症と共に生きる人のパターンについて書かれています。

認知症の患者さんの"やすらぎ環境”とはどのようなものか・・・

抄読後の対話によって、施設入所などの環境の変化は認知症患者のパターンと衝突を起こし、結果としてせん妄などを引き起こすこと、

患者さんがどのような人生を辿ってきたのか、今どのようなことを好み、大切にしたいのかを知ることで、

その患者さんを理解することが非常に重要であるということが分かりました。

患者さんのパターンが分かれば、どのように日常生活を支援するとよいのか、自ずと見えてくるのではないでしょうか。

様々な状況にある患者さんや家族に対し、ニューマン理論の適応可能性を今後も考えていきたいと思います。

 

 

H30年度 第6回学習会を開催しました(12月6日開催)

2019年1月15日 火曜日

今回は、11月のニューマン理論・研究・実践研究会の対話集会での発表報告と事例検討を行いました。

対話集会では、N-HECから木村智美さんが発表をしました。

発表を振り返り、木村さんは印象深い患者さんへとのかかわりを通じて、自分のケアパターンを認識したこと

そのプロセスは辛くもあったが、看護師として生きていくうえで欠かせないことであったと話してくれました。

対話集会では、参加者の看護に対する熱い思いを持った看護師に大勢出逢い、勇気づけられたそうです。

詳細はこちらのニューズレターをご覧ください。

http://www.newmanpraxis.gr.jp/

後半は、ある女性がん患者さんが、突然に自分の過去について語りはじめ、A看護師と心を通わせた事例を共有しました。

患者さんの物語は、A看護師の体験と共通することが多く、対話は尽きなかったそうです。

A看護師は、「なぜ今、突然私に過去を語ったのだろう、多くの一致する体験は偶然なのだろうか」と不思議に思っていました。

参加者からは「A看護師のそれまでの何気ない関わりが、その患者に語りたいという思いを起こさせたのでは」

看護師が言葉でI care you のメッセージは伝えていなくても、その人に関心を注ぐことで、患者は語ることができるのかもしれません。

また、その時間、環境といった状況も関係があるのかもしれません。

そう思うと、その時のケアは一生に一度しかなく、尊いものです。患者さんや家族、あるいは学生に対して、一度きりの関わりを大切にしたいと思いました。